天下足球网,明升体育心理臨床センター相談室が刊行する「心の手帳」という季刊誌にコメントを書いてほしいという大学院生からの依頼が来た。「長く生きていれば、いろいろな依頼が来るものだなぁ。」と思いつつ、依頼相手の実力を見誤っていないかと、そのアセスメント力を疑う。内心、「今後、アセスメントの授業は、いっそう厳しくしないと…。」と自分が受け持つ授業でないことを良いことに私は固く誓ったのであった。さて、本題の「心の手帳」の話ではあるが、真っ先に「心の…」というフレーズで思い出すのが、さくらももこ氏原作のアニメ“ちびまる子ちゃん”に登場する、まる子ちゃんのおじいちゃんである友蔵さんの“友蔵の心の一句”が思い浮かぶ。私の場合、心理学部の教員だからといって「心の…」という言葉に「心の健康」「心の教育」というところに連想がいかなったのであった。大学教員1年目にして道を踏み外している現実に自分のことながら愕然とする思いがした。だが、取り繕っても、後で後悔するだろう。厳しくとも現実を直視し、はやばやとかっこいいことは述べないとあきらめた。これが私の実情である。“友蔵の心の一句”に、「道問われ汗道教え子と歩く」という名句があるが、研究や教育畑で身を置いてきた者と違い、専門外でわからないことも多い。学生から「学食で何がおいしいか」と真剣に聞かれたとしても答えられない。むしろ、教えてほしい。結局、ない知識、ない教養とは自分が問われないと気づかないものであったり、使う必要に立たされて初めて意識されるものだといえる。学生の問われて冷や汗をかきながら、学生と一緒に学びながら進むよりほかない。学生と対話する中で、学生が何をわからないでいるかという疑問も含めて、学生と一緒に知識を深めていけたらと願っている。